自分のためだけでなく、誰かの役に立てるなら…。よりよい明日を信じて治験に挑戦

2025年9月29日

多発性骨髄腫の治療を続ける古川元久さん。見せてくれたのは薬の副作用や対処法などを細かく記録した膨大なメモでした。この記録が同じ病気に挑む誰かの役に立つように、そして「自分が生きた証を残したい」という思いを胸に闘病の日々を語っていただきました。

お話を伺った方:古川元久さん・66歳(罹患時55)歳・多発性骨髄腫

無症状・無治療期間が8年続き、普段通りに生活

私はもともと血圧が高く、近所のクリニックに通っていました。そのかかりつけ医はよく血液検査をするのですが、検査の数値を見て多発性骨髄腫かもしれないと言われました。そのときは多発性骨髄腫の前段階にあたる、意義不明の単クローン性ガンマグロブリン血症(MGUS)の状態で自覚症状はありませんでした。その後、腰が痛くなりMRI検査を受けたら椎間板ヘルニアと診断。多発性骨髄腫による痛みではなかったですが、専門の病院を紹介してもらい念のため骨髄穿刺をしたら無症候性多発性骨髄腫と診断されました。この時点では治療開始基準ではなかったので、治療を始めず経過観察となりました。

当時この病気をインターネットで調べると、5年生存率は50%弱と書かれていました。その数字を見てちょっと不安になりましたが、依然として無症状で普通に生活できていたし、すぐに治療を始める必要はないと言われていたのであまり心配しませんでした。

脱毛に落胆、男性用ウィッグをリースして仕事に復帰

多発性骨髄腫の告知から4年後、貧血の症状とIgG値の上昇が見られ、治療開始基準になったので自家移植を含めた治療を開始。私の場合、最初にVRd療法※1を行い、幹細胞採取前にDCEP療法※2でがんを叩き、幹細胞を採取しました。本来ならすぐに自家移植に進みますが、仕事の都合で休みが取れず移植までの期間をつなぐ治療としてDRd療法※3を行いました。

様々な副作用を経験したなかで、DCEP療法と自家移植は初めての経験で特につらかったのを覚えており、副作用で髪の毛が抜けたのはショックでした。当時は会社員だったので仕事への影響を考えて男性用ウィッグを購入しようとウィッグ専門店を回りました。数十万円という価格に驚きましたが、デイリースのウィッグを勧めてもらい大幅に費用を抑えられてよかったです。医療用ウィッグは女性向けのイメージがありますが、男性も利用するとQOLを維持しやすくなると思います。

※1:ボルテゾミブ、レナリドミド、デキサメタゾンという薬剤を組み合わせた治療法
※2:デキサメタゾン、シクロホスファミド、エトポシド、シスプラチンという薬剤を組み合わせた治療法
※3:ダラツムマブ、レナリドミド、デキサメタゾンという薬剤を組み合わせた治療法

寛解への期待が不安を上回り治験に参加

自家移植のときは一番気持ちが落ち込みました。なぜなら移植後の体調がまったく予想できず不安だったからです。不安を軽くしてくれたのが、SNSで見た同病患者さんの体験談でした。自家移植後の経過を知ることで不安が減り、生着を確認したときは感動して涙がこぼれました。第二の人生を踏み出したような新たな気持ちで治療と向き合っていこうと思ったものです。

移植後の維持療法は、皮膚のアレルギー反応や骨髄抑制が出てしまい中止に。治療を止めたことで再発し寛解には至りませんでした。もちろん個人差はありますが、再発の可能性は高いと聞いていたので早めに気持ちを切り替えてDPd療法※4に進みました。しかしあまり効果は得られず、主治医に治験への参加を勧められました。治験コーディネーターから渡された説明書にはたくさんの副作用と発現率が書かれており、自分はどんな副作用が出るのか不安になったものです。しかしこれまでにない新しい治療法だったので、上手くいけば寛解も期待できるため治験に参加しました。

結果は、効果はあったものの残念ながら再発となりました。本音を言えば、つらい副作用を乗り越えてきたのでもう少し効果が続いてほしかったです。でも治験は自分のためでもありますが、新薬が承認されたら同病の方が使える新しい治療法が確立されるわけで、自分が役に立てたなら参加してよかったと思っています。これからも新薬が開発されて治験基準に合う場合は、よく検討して治験に挑戦したいです。

※4:ダラツムマブ、ポマリドミド、デキサメタゾンという薬剤を組み合わせた治療法

自分の今を知る「記録」が治療の助けに

治療が始まってから日々の体調や副作用が出たタイミングなどを記録し、体重や熱、血圧などは妻が毎日記録してくれています。記録を取るメリットは、例えばこの薬剤を使うといつ頃どんな副作用が出るか把握でき、次回はつらくなる前に予防薬で対処できます。また普段の状況がわかると血圧や脈拍の変化に早く気づき、速やかに主治医に報告して大事に至らずにすむので記録に助けられています。

治験薬の副作用で味覚不全になったときは、ゆで玉子はいいけど目玉焼きはダメなど、何とか味を感じられる食品とまったく感じない食品を書き出して妻と情報共有していました。味がわからないと食事が苦痛でしたが、約1年かけて味覚が戻ったときは人間が持つ回復力を強く実感したものです。

記録を取ろうと思ったのは、自分の経験を残すことが同病患者さんの役に立つかもしれないと思ったからです。それに書き出してみると頭の中が整理されて、冷静に自分の状況を把握できるようになりました。自分の体と心を知ることは治療においてとても大切だと感じています。

治療中はQOLを保ち、心の健康維持も大切

多発性骨髄腫の治療は、人によっては長期化したり強い副作用に悩んだりすることがあり、QOLの維持がとても大事になります。我慢して副作用を乗り切ろうとする患者さんもいますが、私は主治医に相談して薬を変えてもらったり、副作用に対処できる薬を処方してもらったりしています。そうやってQOLを維持し、治療しながら無理なくやりたいこと、できることを楽しむようにしています。

抗がん剤の休薬日には趣味の野球観戦などで気分転換をしています。またしんどい気持ちが先に立つと前に進めないので、最近はウォーキングを日課にして体力と気力を養い前向きに今を生きています。

取材/文 北林あい