今できることをやり、楽しむことを諦めない。
制約はあるけど「楽しみはどこにでも落ちている」
びまん性大細胞型B細胞リンパ腫 リンパ腫
2026年1月15日
病棟に一人でもこんな患者さんがいたら、見える景色が変わっていたかもしれません。前向きなのは生まれ持った性格と語るのは、びまん性大細胞型B細胞リンパ腫と診断された奥村保則さん。がんになっても楽しみは見つけられる、楽しんでいいんだと教えてもらった奥村さんの経験談を紹介します。
お話を伺った方:奥村保則さん・57歳(罹患時51歳)、びまん性大細胞型B細胞リンパ腫
検査画像に写った大きな腫瘍、気持ちは前へ
PET-CT検査の画像に写し出された大きな腫瘍を見たときは驚愕しましたが、元来の性格のおかげなのか悲壮感はなく、気持ちは前しか向いていませんでした。すぐに仕事の引継ぎに必要な資料作りに取りかかり、入院前にもう一度食べたいケーキがあったのを思い出して食べに行くなど落ち込んでいる暇はなかったです。
主治医の提案を信じて臨んだハプロ移植
化学療法は割とスムーズに終わりましたが、残念ながら「がんは完全に消えていない」と言われ、救援化学療法を経て同種移植に進むことに。自家移植ではなく同種移植になった理由は詳しく聞いていませんが、寛解しなかったことを自分事のように悔しがってくれた主治医の提案を信じて従いました。治療の承諾書にサインをしたあと先生とハイタッチして治療に臨んだのを覚えています。
迷いなくドナーになったくれた兄に感謝
私は高校卒業後に関西に移り、兄は東京で学生生活を送りずっと離れていたので、移植をきっかけに中学以来となる兄弟の時間が持てました。当時は白血球の数値が安定したら院内のカフェを利用できたので一緒にコーヒーを飲み、2人でコーヒー飲むのは初めてだったので病気がくれた奇跡の時間に思えたものです。
今の主治医を信じてダメなら本望と思っていたので、移植前の気持ちは落ち着いていました。HLAが半分しか適合しないので多少の不安はありましたが、化学療法で入院中にハプロ移植をした3人の患者さんと出会い、親子、兄弟、姉妹の微笑ましい絆を見てきたので踏み出せたのだと思います。入院の日はちょうどクリスマス、もちろんケーキを食べてから病院に向かいました。
入院生活を楽しいとさえ思えたのは患者仲間のおかげ
もう一つ良かったことは、移植入院を機にデータを付け始め、治療歴や検査値、病棟のなかを歩いた歩数などを細かく記録。退院後は駅まで歩いて6千歩、多いときは1万~2万歩、25日後には自転車で1日に65km走ったことも記録に残しています。朝起きて散歩、朝食、シャワーを浴びてデータをつけるというルーティンができ、生活のリズムが作れたのもよかったです。
退院後は免疫抑制剤を飲み、服用中は薬の血中濃度に影響を与えるグレープフルーツなどの柑橘類はNGでした。感染症も注意が必要なので外食にも制限がありましたが、おいしくて衛生管理がしっかりした店を探してグルメマップを作り、患者仲間に配っていました。仕事復帰の1カ月後、間質性肺炎を発症して40日間入院したあとも制約のある生活をしていますが、感染症の心配がある人混みを避けて遊ぶ手段はいくらでもあります。動くとリスクはあるけど、動くにあたってリスクを下げることを常に意識しながら「楽しみはどこにでも落ちている」をモットーにいつも何して遊ぼうかなと考えています。
気持ちが救われたコーヒーでいつか恩返しを
コーヒーを飲むとほっとするし、コーヒーのあるところにはおしゃべりがついてくるのがいいですね。元気をもらったコーヒーで恩返しをしたくて、レモネードスタンドのような募金活動などを計画中。しばらくはコーヒーのある生活を楽しみたいです。
取材/文 北林あい