血液がん患者の本音トーク 動画

11月19日(日)10:0011:15 ライブ配信会場

『再発よりも子どもが産めなくなる方が嫌だ』医師に伝えた26歳
藤田 京 (急性骨髄性白血病サバイバー)

妊孕性という言葉を知ったのは白血病の治療が始まった後でした。
夢ですらないほど程に当たり前に思い描いていた子どものいる未来。大好きな主治医に伝えたのは『再発よりも子どもが産めなくなる方が嫌だ。』ということでした。治療の合間になんとか卵巣組織凍結保存をし、夢を残したものの現実は難しく・・・昨年結婚した夫と共に悩む日々。

死ぬまでは生きている
久田 邦博 (慢性骨髄性白血病サバイバー)

がん自体は患者を落ち込ませない。落ち込ませているのはがんに対する患者自身のイメージである。死ぬまでは生きていると認識した瞬間から告知前のように全力で活動を始めた。死をも恐れず生きた22年間で悟った事とは

がんになって世界が広がった!
建部 美由紀 (多発性骨髄腫サバイバー)

健診で突然のがん告知。聞いたこともない病名。ばりばりと働いていた52歳の時でした。完治がないなら死ぬまで付き合おうとポジティブに生活をして広がった世界とは・・・

四十にして惑う
我那覇 圭(リンパ腫サバイバー)

働き盛りだった四十代前半で突然リンパ腫に!治療を続けながら職場復帰にこぎ着け、発症から八カ月後には寛解も果たせた…が、キャリアの立て直しに悩み、再発にもおびえながら再生を目指す中年男性の等身大の物語。

骨髄異形成症候群ってなんやねん。。
後藤 千英 (骨髄異形成症候群サバイバー)

診断を受けたのはとっても元気な17歳の女子高生。そこから病気を受け入れ治療に至るまでのドタバタ劇。たくさんの人に支えられAYA世代どっぷりMDSと共に過ごした私が血液がん治療を経験したからこそ得られたものとは。

講演者

藤田 京 ( ふじた みやこ )
LINEオープンチャット チーム血液がんサバイバー 管理人

1992年慶應義塾大学病院で生まれる(1度目)。 船乗りを目指し15歳から親元を離れて寮生活をスタート。 成人式は練習帆船海王丸でハワイへの航行中に迎える。 体力と気力には自信があった中、AML発症。 2016年慶応義塾大学病院で2ND BIRTHDAYを迎える。 今は血液がんの方の居場所作りの為LINEオープンチャットチーム血液がんサバイバーの管理人をしております。

久田 邦博 ( ひさだ くにひろ )
しあわせです感謝グループ 代表

研修デザイナー&ファンタジスタ、薬剤師、がんピアサポーター。慢性骨髄性白血病の薬物治療を20年間以上継続し副作用もコントロールし元気に働き続けるサバイバー界のレジェンド。2003年から「患者が求める医療コミュニケーション」や「がんになってから楽しく生きるコツ」を国内各地で800回以上講演を重ねている。当フォーラムでは『しあわせと感謝の魔法使い クニー・ポッター』に度々扮して活動。がんサバイバーの孤立支援として無料オンラインサロン「がんサポ喫茶止まり木」を毎週運営し、いのちのパワースポットとの噂が広まっている。著書「死ぬまでに読んでおけ」

建部 美由紀 ( たてべ みゆき )
はまっこ(多発性骨髄腫患者・家族の交流会)

2011年東日本大震災の余震の中横浜で告知される。タンデム移植を経て完全緩解、無治療となるが、5年半で再発。新薬治療を4年半続けるが再々発して治験を1年。今年夏完全緩解となり久々の無治療となる。治療中も親の介護、娘の出産手伝い、孫の世話と駆けずり回る生活を続けている。現在もはまっこの活動を通して友人が全国に増加中。 いつか治癒する時が来るのを期待してマイペースで終活準備中。

我那覇 圭 ( がなは けい )

新聞記者。大学卒業後、東京の本社や地方の支局を行き来しながら約20年間、主に政治や行政に関する取材を重ねる。小児科医だった父の影響で、人生のモットーは「子どもの命と暮らしを守る」。仕事を通じて、貧困や障がいに苦しむ学生とその家族らのバックアップに努めてきたが、病を経験した後、より実践的な活動に関心を抱くようになる。現在は「こどもホスピス」の普及に向けた活動に貢献できないか検討中。

後藤 千英 ( ごとう ちえい )

高校2年時、骨髄異形成症候群と診断を受ける 進行が緩やかだったため、高校・大学・社会人と経過観察して過ごす。 自然寛解したものだと思っていた2009年に突然不調が起きる。 待望の新薬など、薬剤での治療を試みるが効果なく兄弟とHLAが一致したなかったため 2012年1月、骨髄バンクへ患者登録。同年6月骨髄移植を受ける。 2013年社会復帰し現在に至る。

司会者

笠井 信輔 ( かさい しんすけ )
アナウンサー

東京都出身。フジテレビのアナウンサーを33年、情報番組「とくダネ!」を20年間担当。2019年10月フリーに。2か月後に血液のがんである悪性リンパ種と判明。4か月半の入院、抗がん剤治療の結果「完全寛解」となる。今年9月に、エッセイ「がんがつなぐ足し算の縁」(中日新聞社)を出版。ブログは15万人、インスタグラムは27万人のフォロワーを持つ。2021年#病室WiFi協議会を立ち上げ、「病室にWi-Fiを!」運動をけん引している。